変化を期待してやらせてみようは危険な選択(1月31日付朝刊9面「米大統領選にみる民意の行方」に思う)

21世紀になって米大統領が小者化している。20世紀末のニクソン、レーガンなどは絶大な権威を持っていた。冷戦構造が崩壊し、米国の独り勝ちとなるかと思いきや、さにあらず。政治・経済両面で米国の力は弱体化し、G7がG8、G20、挙句の果てはGゼロという究極の多極化時代と言われている。危険なのは、米国でも欧州でも日本でも国のあり方、役割に対する国民のコンセンサスが分散、希薄化し、国としてのまとまりがなくなってきていること。その隙を突いてISなどというカルト集団が跋扈しているのだろうが、米国大統領選でのトランプ人気もその流れではないか。既成の勢力に対するフラストレーションが、変化を求めて初の黒人大統領を生んだものの、期待した変化が起きないと、さらに劇的な変化を求めて過激な発言を繰り返すトランプにやらせてみたらという方向に流れている。日本の安倍政治も同じ。長年続いた自民党政権から変化を求めて民主党政権が生まれたものの、その無力さに辟易として、何でもいいから変化を実行してくれそうな人物をという国民のフラストレーションに乗っかって小泉政権が生まれ、その流れで安倍政権は強権的手法にも拘らず異例の長期政権下している。トランプも安倍も確かに変化をもたらす覚悟と馬力はありそうだが、問題はその変化を実行する手法が民主政治、立憲政治の原則に則ったものかどうか、変化の先に何があるかを国民がしっかりと見極めた上で支持しているのかどうかということだ。何でもいいから変化をという選択は、破局への第一歩となりかねない危険なものであることを歴史の教訓は教えてくれる。急がば回れではないが、我慢して変化を待つことも、時には必要だ。

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