権利も自由も与えられるものではない(3月8日付朝刊6面「新技術が試す自由の精神」に思う)

分断や憎悪を煽る極論がネット空間で広がっていることに対し、どう対応するかはまさにネットに対するリテラシーが問われる重い問題だ。ドイツではナチズムの礼賛や復活を絶対に許さないという確固たる考えから、人種差別的な主張に対しては言論の自由の制限もやむ無しとのコンセンサスがあり、その流れでSNS運営企業にヘイトスピーチ削除を義務付ける法律が施行されたものと理解する。日本では言論の自由に対する全般的な抑圧が戦争につながった経験もあり、言論の自由に対する規制には抵抗感が強い。各国各様の歴史や考え方に適した形で、新しいメディアにおける言論の自由を考えていく必要があるが、重要なことは国民が関心と監視の目を持ち続けること。日本には、言論の自由を擁護する立場にいたはずの大手メディアが、いつのまにか体制と戦争礼賛に走り、大半の国民も熱狂的にそれを支持した苦い経験がある。権利も自由も、憲法や法律に買いてあるから保証されるものではなく、不断の努力なしには享受できないものであることを肝に銘じたい。

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