休刊日の徒然(7月16日、新聞休刊日に思う)

選挙の論戦が盛り上がらない。各党が主張を言い放つだけで、双方向のやりとりにならない。政権を握っている側は、政府広報も含めて圧倒的物量作戦で、アベノミクスでこれをやったあれをやったと宣伝するだけ。野党の質問や突っ込みに対しても、自論を繰り返すのみで、答えようとする気は全くなし。下手に答えて論戦が噛み合ってしまうより、すれ違いの方が有利と心得ているからだ。
こんなことだから、日本の政治レベルは選挙を経てもちっとも向上しない。私は今の状況をメディアの責任とするのは好きではないが、各党の主張を報道するだけでなく、もう少し論点を整理していく機能を果たすべきではないか。話題になった年金問題も、いつまでも「100年安心」かどうかの抽象的なところに留まって、具体的な議論にならない。はっきりしているのは、政権側の安心は制度の持続性についての(=運営側の)安心であるのに対して、野党側はそれで国民(=受給者)が安心できるのかと問うている。議論の基本形はできているのだから、本来は具体的な数字も出して、国民が安心できる給付レベルはどの程度なのか、それにはどれだけの財源が必要か、それを捻出するとどこにしわ寄せが行くのか、などと議論が進んでいくべきだ。ところが政府は本来公表すべき数字も出さず、一部野党の対案にも財源がないから検討できないと門前払いするだけ。ないなら作るのが政治の仕事でしょう!と叫びたくなる。
叫んでも、あきれても、投票日は今週末にやってくる。すでに期日前投票を済ませてしまった人も多いが、なかなか投票に行かない若者も、投票所が減らされて大変な地方の方々も、最後は候補者の人相で判断してでも、投票するしかないでしょう。何かが変わるとしたら、そこからだ。

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