心に染みる教皇の言葉(11月26日付朝刊42面「寛大な社会 実現訴え」に思う)

来日したローマ教皇が、不安、競争心などの問題点を指摘し、日本社会が寛大さを失っていると訴えた。確かに最近の日本社会は個人も組織も余裕がなく、自分のことをするのに精一杯。他人には無関心だか、自らとぶつかるときは突如として不寛容となる。裏一面で展開されている、漱石と子規ら明治の学生たちのやり取りが、何とおおらかであり、共に生きようとする寛容さに満ちていることか。
明治期も皆が生活に余裕があったわけではないと思うが、家族、地域、国など共同体意識の中で、他人にも関心を払い、今の言葉で言えば包摂性の高い社会が築かれていた。いまは、他人に関心を持つ余裕が失われ、何事も自己責任での対応を求められる。そもそも、人は、弱くて自分一人では生きられないから、社会を形成したのではなかったか。その原点に思いを馳せるきっかけを与えてくれた教皇に感謝したい。

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